生命力を高める行為

女装は男性が衣服や仕草、言動など様々な要素を異性のそれに真似るモーションと捉えられがちと言えますが、その発想そのものが完成度を低いものにする要因となるのではないでしょうか。写真スタジオとして常日頃感じることでも有りますが、社会に生きる人間は常に自分を客観視して独自の価値観で自身をアピールするべく努力するのではないでしょうか。女装に於いても全く同じ次元でのスタンスが必要であると考えます。人の人生は表現に始まり自己の存在を確立するに至るのですが、その全ては演技という行動のもとに遂行されると言えます。異性装が特異な振る舞いとして捉えられがちなのはそういった根本的な演技に対する曖昧さが原因しているのであり、人生のそれと考えれば女装は充分に市民権を得ることの出来るものであるのかもしれません。ただ、これを悪用し犯罪に至ることもあるようですが、、、、。ともあれ平和な日本の中で己のいのちの源を高める営みは非常に正当なものであり、むしろそれを無くして生存の価値をも見出せないのが貧困な人の姿と言えるでしょう。女装に関して人との係わり合いを考えると、純粋に生きることに対する源が明確になるほどの大きなヒントを与えてくれる一要素と痛感する次第です。一瞬の見てくれは虚栄を満たすものであり、人生に真の満足を与えるものではありません。自分の価値観を確立し、それを貫くことに意味を見出す生き方に興味の矛先を向けようではありませんか。