世界的に見る歴史

女装は現在では写真という多彩な表現による媒体によってきらびやかな様相を呈しており、その存在が明確なものとしてビジュアルな展開がなされるが、歴史上の背景を世界規模で紐解くと、多面性に富んだ局面で社会や文化の中での存在が様々な文献から伺える。古代ギリシア、ローマ、エジプト、中国などにもその事実が存在するが行為に対する動機は多様であり、如何なる理由であってもその存在は明らかである。様々な説が有りその中から一貫する伝承を述べると古代文化としての女装の代表的な例は、古代ギリシアでの英雄アキレウス(プティア出身のプティア王ペレウスと海の女神テティスとの間に誕生し、アイアコスの孫に当る。)は予言者である母は「トロイア戦争への参加は絶命を意味する」と予感し、それに加わるのを防ぐ為、当人に女装させてスキュロス島に送り込んだと言われる。又、ローマに於いてもサテュリコン(ネロ期の堕落した古代ローマを描いた小説で、ペトロニウスによっての著書と推定されている)などの書記の中でも伝承されている性的な風俗的行為として少年が女装をしていたと言う形跡も記されている。さらにエジプトやオリエントでは宦官(東洋諸国で宮廷や貴族の後宮に仕え、去勢された男子。)制度が存在し、まとう衣服は男のそれとは異なり、極めて女装に近いものと言われる。中国にも前述の宦官が長い時代に亘りその存在が言い伝えられているが、その事情からか衣装は非常に女装に近い特殊なものであったようだ。更に、纏足している女性を真似て巧みな技を使い外見上では判別できない状態をつくり、男色売春を行う性風俗の記録にも女装の形跡が記されている。以上の事実は現代の様な正確な描写媒体である写真などによる記録ではないが、当時の描画をもとに推察したものと言える。